2020年01月07日

「西日本新聞」(2020年1月5日)に「『社会は変えられる』ものだ」が掲載されました。

 2020年1月5日付け「西日本新聞」に、「『社会は変えられる」ものだ この国の未来」と題したエッセイが掲載されました。
 
 期間限定ですが、以下でご覧になれます。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/573309/
 
 内容は以下の通りです。

          「社会は変えられる」ものだ 佐藤直樹氏

 ◆この国の未来

 税金を使っての地元支持者の大量ご招待に、内閣府による疑惑の出席者名簿廃棄等々。「桜を見る会」騒動で終わった2019年だった。安倍晋三首相の露骨なオトモダチやミウチ優遇も見苦しいが、この問題が深刻だと思うのは、首相のアタマの中から、仲間ウチの外側にあるはずの「社会」が、きれいさっぱり抜け落ちていることである。
 しかもこれは、政治だけの問題ではない。仲間ウチで盛り上がるだけで、社会が見えていないという点では、昨今の若者の「バイトテロ」も同じだ。また「君の名は。」に続き、昨年ヒットした新海誠監督の「天気の子」。セカイ系とよばれるこれらの映画では、恋愛など個人的な営みが、隕石(いんせき)衝突や気候危機など世界の大問題に直結して描かれる。
 社会学者の土井隆義さんによれば、セカイ系では中間項の社会の領域が欠落し、社会自体を変えようという発想がない。日本青少年研究所の高校生の生活意識調査では、「現状を変えようとするより、そのまま受け入れたほうが楽に暮らせる」と答えた若者が、1980年に約25%であったのが、2011年には約57%に倍増しているそうだ。
 「社会変革」や「社会改革」という言葉があるように、社会の特徴はそれが変えられることにある。そもそも社会は江戸時代にはなく、明治時代の西欧化=近代化の過程で、1877年頃にsociety(ソサエティー)を翻訳した造語である。ではこの140年ほどの間に、本来の意味での社会がこの国に定着したかといえば、私はかなりアヤシイと思っている。
 しかし海外に目をやれば、昨年「香港に再び栄光あれ」というプロテストソングまで誕生させた、香港デモの担い手となった若者たちは、社会を変えられると思っている。お隣の韓国でも頻繁にデモがあり、政治のあり方に大きな影響を与えている。
 私が危惧するのは、今年も「桜を見る会」のような騒ぎが続発することで、ますます社会が忘れられ、「何も変わらない」という一種の宿命論が蔓延(まんえん)することだ。置かれている政治状況は海外とは異なるが、この国の未来に希望を見いだすために必要なのは、「社会は変えられる」という原理原則を、けっして手放さないことである。
      ◇        ◇
 佐藤 直樹(さとう・なおき)九州工業大名誉教授 1951年生まれ、仙台市出身。九州大大学院博士後期課程単位取得退学。専門は世間学、現代評論、刑事法学。「日本世間学会」幹事。新刊「加害者家族バッシング」が1月末に出る。






posted by satonaoki at 16:45| NEWS

2019年11月17日

「北海道新聞」(2019年11月16日)に「ひきこもり115万人の衝撃」が掲載されました。

 2019年11月16日に「北海道新聞」の「各自核論」のコーナーに、「ひきこもり115万人の衝撃 迷惑かけない思考 捨てよ」が掲載されました。
 日本に特有のひきこもりの背景には、学校にせよ職場にせよ、他国にはないような「世間」の同調圧力の強さがあることを明らかにしました。
 内容は以下の通りです。

   ひきこもり115万人の衝撃−迷惑かけない 思考捨てよ−
                                九州工業大学名誉教授 佐藤 直樹
    
 東京・練馬区で農水省の元事務次官が、長期間のひきこもりと家庭内暴力が絶えなかった息子を殺害するという、衝撃的な事件が6月におきた。その動機について元次官は、ひきこもりの男性が小学校の児童ら20人を殺傷し自殺した、5月の川崎市の通り魔事件のようになることを恐れ、「周囲に迷惑をかけたくないと思った」と供述したという。
内閣府の最新の調査によれば、ひきこもり当事者の推計数は、若年(15〜39歳)が54・1万人、中高年(40〜64歳)が61・3万人で、なんと115万人以上になるそうだ。この異常な数の多さと、「8050問題」に象徴されるひきこもりの長期化・深刻化は、日本に特有の「世間」の存在を考えないと説明がつかない、と私は思っている。
 確かに海外にもひきこもりは存在し、韓国が少し多いが、日本ほど大規模に起きている国はない。またHikikomoriは英訳できずに、そのまま英語になっている。言葉が存在しないということは、欧米では、それが特に注目されるような現象ではないからだ。
千年以上の歴史がある伝統的な「世間」は、「出る杭は打たれる」と言うように、異質なものを排除する傾向がつよく、海外では考えられない独特の同調圧力を生みだしている。これが、この国の驚異的な犯罪率の低さと、先進工業国中最悪の自殺率の高さをもたらしており、ひきこもりの大きな要因となっているのだ。
 不登校がひきこもりのきっかけともなる学校では、「ブラック校則」に代表されるように、「みんな同じ」という同調圧力がつよい。また、児童・生徒の間では、クラスのなかで「やさしい関係」を強いられ、お互い空気を読まなければならない。そして不登校は学校の問題ではなく、「発達障害」などと言われ、個人の病理の問題にされてきた。
 また職場においては、特にこの20年ぐらいの間に、「新自由主義」の台頭で成果主義が浸透し、お互い無理な競争を強いられ、うつ病や過労自殺を含む過労死が激増している。Karoshi もそのまま英語になっているが、これは欧米では、仕事は生きるためにするのであって、仕事が原因で亡くなる過労死など、およそ考えられないからである。
 学校や職場からはじかれ排除された場合、安心できる居場所となりうるのは家族しかない。ところが日本の家族は、伝統的に「世間」からつよい圧力を受け、つねに「世間体」を気にしているので、ひきこもりを「恥」と考えがちである。このため、問題を外部に相談することを躊躇する。それが、現在の長期化・深刻化をもたらしているのだ。
 私が練馬区の事件で驚いたのは、近所の住民たちの話として、「息子さんがいるなんて知らなかった」という報道があったことである。おそらく元次官は、ひきこもりの息子がいることを恥と感じ、世間体を考えて、周囲には隠しておいたのではないか。
 海外とは異なりこの国では、家族に不祥事があった場合に、「親も責任を取れ」と「世間」から非難される。そのため多くの日本人は、家庭で「人に迷惑をかけてはならない」と言われて育ってくるからである。息子殺害の動機となった、「周囲に迷惑をかけたくない」という言葉に示されているように、元次官も家庭できっとそう言われて育ち、また自分の息子にもそう言って教育してきたはずである。
 だが、私たちは大なり小なり「人に迷惑をかけて」生きている。障害者もそういう存在だし、誰だって高齢者になれば「人に迷惑をかける」存在となる。だからいま必要なのは、「人に迷惑をかけてはならない」という思考を、きっぱりと捨て去ることである。

 さとう・なおき 1951年宮城県生まれ。現代評論家。専門は世間学、現代評論、刑事法学。「日本世間学会」幹事。著書に「目くじら社会の人間関係」「犯罪の世間学」など多数。



 
posted by satonaoki at 12:16| NEWS

2019年10月23日

「デイリー新潮」(2019年10月23日)に、東須磨小「教員いじめ事件」ついてのコメントが掲載されました。

 2019年10月23日付けで「デイリー新潮」に、東須磨小学校「教員いじめ事件」について、私のコメントが掲載されました。いじめを主導した女性教員の「謝罪文」がまるで人ごとのようなのは、自分がやったことが遊びの延長ぐらいに考えていて、いまだにさっぱりリアリティがないからだとコメントしました。
 サイトは以下の通りです。
 https://www.dailyshincho.jp/article/2019/10230559/?all=1&page=2
 
 私の発言に関わる部分のみ、以下に引用しておきます。
 −
 この期に及んで“かわいがってきた”だなんて……。どういうつもりなのだろうか。
 「この加害女性教員の謝罪は、自分がやったことに対する実感がないのでしょう。ですから謝罪文にもリアリティがないのです」
 と分析するのは、九州工業大学名誉教授の佐藤直樹氏である。同氏は、著者に『なぜ日本人はとりあえず謝るのか――「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書)などがあり、謝罪に関する専門家だ。
 「『かわいがってきた』という言葉からわかるように、自分が男性教員をいじめていたという認識がないんです。恐らく、男性教員と遊んでいたというくらいの感じなのでしょう。遊びといじめの間の境界がない。激辛カレーを無理やり食べさせている映像を見るとよくわかりますが、この女性教員は大笑いしています。その一方で、男性教員はピエロのように走り回っている。実際、何も事情を知らない人が映像を見たら、加害者も被害者も一緒に騒いで遊んでいるように思うかもしれません。裏を返せば、女教師はかなり性質が悪いとも言えます」
 佐藤教授に言わせれば、今回は子ども同士のいじめと全く同じだという。
「被害者はいじめられているのに、嫌な顔をせずに一緒になって騒いでように見える。学校での子どものいじめは多くがこのパターンです。いじめにあった子どもは、いじめる子どもに逆らえないので、嫌だと言えず笑って取り繕う。これだと先生が見てもいじめだと認識されないので発覚が遅れ、いじめがどんどんエスカレートしていくのです。今回の場合も同様です。被害にあった男性教師は、40代の女性教員や30代の男性教員に逆らえなかった。特に40代の女性教員は前校長とは昵懇の仲だったということですから、なおさら逆らえない。今の若い人は、“空気を読め”と言われ、それに従って生きている人が多いですからね。この被害教員も空気を読んで、先輩から理不尽なことをされても黙って従ってきた。そのため精神的にどんどん追いつめられて、心身に変調をきたしたと見ています」(同)
 加害者の4教員のうち3人は今年度、東須磨小のいじめ対策の担当者だという。よりによって、いじめを防ぐべき教員が、教員をいじめるとは……。
「加害者の3人の男性教員は、主犯格の女性教員に言いなりになっていたと思われます。この女性教員は猿山のボス的存在だったのでしょう。学校という閉鎖的な空間では、世間の常識が通じないところがあります。世間から見たら陰湿ないじめでも、学校ではからかって遊んだということになるわけです。教員は、夜遅くまで働いても残業手当が出ません。ブラック企業同然です。女性教員は自分でも知らず知らずのうちに、ストレス発散のため男性教員をいじめていたということでしょう。だから、自分は悪いことをやったとは微塵も思っていない。かわいがってやったと思い込んでいる。けれども、これだけいじめを繰り返したわけですから、明らかに犯罪行為だと思いますね。強要罪、暴行罪、器物破損罪が適用されてもおかしくありません」(同)
 結局、加害者の女性教員はどう“謝罪”すれば良かったのか。 
「“被害教員をいじめているとはまったく気づかず、本当に反省しています”と言ったくらいでは、世間は納得しないでしょう。これだけの酷いことをやったわけですから、公の場で“教員として失格です。教員を辞めます”くらいは言わないと駄目ですね。もっとも、本人は教員を辞める気はさらさらないでしょうが……」(同)

posted by satonaoki at 19:38| NEWS