2018年12月20日

「北海道新聞」(2018年12月16日)に、川合伸幸『凶暴老人』(小学館新書)の書評を書きました。

 「北海道新聞」(2018年12月16日)に、川合伸幸『凶暴老人』(小学館新書)の書評を書きました。
 期間限定ですが、以下のサイトで読めます。
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/258678?rct=s_books 
 なお、内容は以下の通りです。

          危うい社会からの「よそ者」視
                                 佐藤直樹(九州工業大学名誉教授)

 なんとも挑発的なタイトルだ。一応私も高齢者の端くれだが、地下鉄の自動券売機に「ボタンを押して下さい」と何度も注意され、「バカにするな」と怒鳴ったことがある。
 近年、高齢者の犯罪が増加しているとする統計の数字がある。ところが本書によれば、それは日本全体の人口に占める高齢者の割合が増え、少子化で若者の数が減っているせいで、そのバランスの変化を反映しているにすぎない。ようするに人口が増えたので、数字の上で高齢者の犯罪が増えているようにみえるだけなのだ。
 ただし、暴行だけは若干増えている。本書は、認知科学の実験データを駆使し、高齢者になると脳の前頭葉の機能低下がおき、イライラしたり若干キレやすくなると指摘。だが、暴言や暴行につながる怒りの感情は、有酸素運動などによって抑制できるという。
 つまり、巷(ちまた)でいう「老人の凶暴化」は言い過ぎである。この問題の本質は、高齢者が増加し若干キレやすくなっていることで、相対的に目立つようになった乱暴な行動を、ことさら問題にするようになった社会の側にこそある。いまや高齢者を「よそ者」とみなし、社会から排除しようという「非人間化」が進んでいるからではないかと、本書は言う。
 思うに欧米と比較すると、総じて日本の高齢者は不機嫌にみえる。本書によれば、高齢者の約36%が「望ましい退職年齢」を「70歳以上」と答えるそうだ。これが男性に限ると約45%。ところが欧米では、米国で約17%、ドイツやスウェーデンは2%程度。欧米では早く退職して家族とゆっくり過ごしたい、と考えるのが普通だからだ。
 不機嫌なのはこの辺に理由がありそうだ。高齢者が排除される背景には、働いていないとまさに生産性がないと、社会から「よそ者」視される最近の不寛容な空気がある。最後に本書は「高齢者との共生」を訴える。ごく当たり前に聞こえるかもしれないが、その実現は危急の課題だ。(小学館新書 842円)







 
posted by satonaoki at 12:28| NEWS

2018年12月12日

フジテレビ系「新説!所JAPAN」(2018年12月10日)にビデオ出演しました。

 フジテレビ系「新説!所JAPAN」(2018年12月10日午後10時より放送)にビデオ出演しました。
 テーマは「なぜ日本人はポイ捨てをしないのか」。当然、私の答えは「それは、日本には世間の目があるからです」。同じくビデオ出演した磯田道史さんの答えは、「日本人は歴史的にケガレ意識をもっていて、ゴミはケガレとみなされるから」。これは世間論的にいえば「呪術性」ルールのことで、なるほどなあ、と思いました。
 番組内容の簡単な紹介サイトがあります。以下をご覧ください。
 https://www.ktv.jp/tokoro/181210.html
posted by satonaoki at 12:40| NEWS

2018年12月07日

「北海道新聞」(2018年12月7日)に「加害者家族の支援」が掲載されました。

 「北海道新聞」(2018年12月7日)の「各自核論」のコーナーに「加害者家族の支援」が掲載されました。
 11月から全国に先駆けて、山形県弁護士会が相談窓口の設置など犯罪加害者家族の支援活動を開始した。これは画期的な出来事であるが、日本では加害者家族は徹底的に「世間」からバッシングされ、自殺にまで追い込まれることもある。ところが欧米ではそうしたバッシングはまずない。なぜそうしたことが日本でおきるのかを、世間学の立場から論じたものです。
 内容は以下の通りです。

      加害者家族の支援 再犯・自殺防止に一役
                                        
 11月から山形県弁護士会が全国に先駆けて、相談窓口の設置など犯罪加害者家族の支援活動を開始した。時代を画する歴史的な出来事といってよいのだが、じつは私も少し関わっている。これに先立つ2016年7月、山形市で開催された東北弁護士会連合会の定期大会で、加害者家族支援をテーマとしたシンポジウムにパネリストとして招かれ、支援の必要性を訴えた。大会では全国初となる、国に支援を要請する決議が採択された。
 この国では家族が犯罪をおかした時、たとえそれが成人だとしても、「世間」から「親が責任とれ」と非難されるのがふつうである。ましてや、その家族を支援することなど論外である、と考える向きがほとんどだろう。だとしたら、なぜいま加害者家族支援なのか?
 この問題がかなり深刻だと思うのは、加害者家族になった場合、メディアスクラム(集団的過熱取材)やネットリンチなど、「世間」からのひどいバッシングにさらされて、住居を転々とし、自殺にまで追い込まれることも稀ではないからだ。例えば、2008年におきた「秋葉原無差別殺傷事件」のK死刑囚の弟は、事件後失職。ネットでは個人情報がいつまでもさらされ、身元が割れる恐れから、職を転々とせざるを得なかった。さらに、交際には反対しなかった恋人の親から結婚に反対され、14年に自殺した。
 ところが驚くべきことに、欧米ではそうではない。例えば、2013年の「米ボストンマラソン爆弾テロ事件」では、実行犯とされた兄弟の母親が、ロシア南部ダゲスタン共和国の自宅で、英ITNテレビの単独インタビューに実名・顔出しで応じている。そのさいに彼女は、「私の息子たちの犯行ではない」と、兄弟の無実を主張したという。
 多数の死傷者を出した重大犯罪である。これが日本だったらどうなるか。とくに、家族のメディアへの実名・顔出しでの登場は絶対にありえない。「世間」への謝罪は当然のこととして、ネットで家族の住所・電話・職業などの個人情報がさらされ、自宅や職場に脅迫や非難の電話や手紙が殺到することになるだろう。
 欧米では、家族が社会に対して謝罪することはまずない。これが可能なのは、たとえ家族であっても「親は親、子は子」と別の人格と考えるからだ。つまり、家族が個人から構成されているために、犯罪に対しても個人責任という考えがはっきり貫かれる。こうした点で大方の合意があるので、家族は社会的非難から子どもを守ることができる。
 一方日本では、歴史的・伝統的な古い人間関係がいまも残る。子どもを守れないのは、戦後否定された伝統的な「家」制度が、その後も「いえ」意識として残り、家族構成員は「家」の一員にすぎず個人ではないので、「親が責任とれ」という非難に抵抗できないからだ。さらに犯罪は、欧米のようにたんに法に反する行為ではなく、共同体の秩序を毀損するケガレとみなされる。加害者だけでなく、犯罪に関係した土地や建物までがケガレ視されることがしばしばあり、家族もまたケガレとしてバッシングされることになる。
 私は加害者家族支援には、第一に、再犯を防止するという積極的意味があると考えている。加害者が立ち直るためには、受け入れる家族の協力が絶対に必要である。また第二には、自殺を防止するという意味もある。そもそも日本は、先進国中最悪レベルの自殺率を誇る自殺大国であり、家族の自殺を防止することは喫緊の課題である。
 いま日本全体でも、民間の支援組織はわずか二つしかない。こうした加害者家族への支援活動が、全国の弁護士会に広がってほしいと切に願う。

(著者紹介)さとうなおき 51年宮城県生まれ。現代評論家。専門は世間学、現代評論、刑事法学。「日本世間学会」幹事。著書に「目くじら社会の人間関係」「犯罪の世間学」など多数。

posted by satonaoki at 20:46| NEWS