2019年10月23日

「デイリー新潮」(2019年10月23日)に、東須磨小「教員いじめ事件」ついてのコメントが掲載されました。

 2019年10月23日付けで「デイリー新潮」に、東須磨小学校「教員いじめ事件」について、私のコメントが掲載されました。いじめを主導した女性教員の「謝罪文」がまるで人ごとのようなのは、自分がやったことが遊びの延長ぐらいに考えていて、いまだにさっぱりリアリティがないからだとコメントしました。
 サイトは以下の通りです。
 https://www.dailyshincho.jp/article/2019/10230559/?all=1&page=2
 
 私の発言に関わる部分のみ、以下に引用しておきます。
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 この期に及んで“かわいがってきた”だなんて……。どういうつもりなのだろうか。
 「この加害女性教員の謝罪は、自分がやったことに対する実感がないのでしょう。ですから謝罪文にもリアリティがないのです」
 と分析するのは、九州工業大学名誉教授の佐藤直樹氏である。同氏は、著者に『なぜ日本人はとりあえず謝るのか――「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書)などがあり、謝罪に関する専門家だ。
 「『かわいがってきた』という言葉からわかるように、自分が男性教員をいじめていたという認識がないんです。恐らく、男性教員と遊んでいたというくらいの感じなのでしょう。遊びといじめの間の境界がない。激辛カレーを無理やり食べさせている映像を見るとよくわかりますが、この女性教員は大笑いしています。その一方で、男性教員はピエロのように走り回っている。実際、何も事情を知らない人が映像を見たら、加害者も被害者も一緒に騒いで遊んでいるように思うかもしれません。裏を返せば、女教師はかなり性質が悪いとも言えます」
 佐藤教授に言わせれば、今回は子ども同士のいじめと全く同じだという。
「被害者はいじめられているのに、嫌な顔をせずに一緒になって騒いでように見える。学校での子どものいじめは多くがこのパターンです。いじめにあった子どもは、いじめる子どもに逆らえないので、嫌だと言えず笑って取り繕う。これだと先生が見てもいじめだと認識されないので発覚が遅れ、いじめがどんどんエスカレートしていくのです。今回の場合も同様です。被害にあった男性教師は、40代の女性教員や30代の男性教員に逆らえなかった。特に40代の女性教員は前校長とは昵懇の仲だったということですから、なおさら逆らえない。今の若い人は、“空気を読め”と言われ、それに従って生きている人が多いですからね。この被害教員も空気を読んで、先輩から理不尽なことをされても黙って従ってきた。そのため精神的にどんどん追いつめられて、心身に変調をきたしたと見ています」(同)
 加害者の4教員のうち3人は今年度、東須磨小のいじめ対策の担当者だという。よりによって、いじめを防ぐべき教員が、教員をいじめるとは……。
「加害者の3人の男性教員は、主犯格の女性教員に言いなりになっていたと思われます。この女性教員は猿山のボス的存在だったのでしょう。学校という閉鎖的な空間では、世間の常識が通じないところがあります。世間から見たら陰湿ないじめでも、学校ではからかって遊んだということになるわけです。教員は、夜遅くまで働いても残業手当が出ません。ブラック企業同然です。女性教員は自分でも知らず知らずのうちに、ストレス発散のため男性教員をいじめていたということでしょう。だから、自分は悪いことをやったとは微塵も思っていない。かわいがってやったと思い込んでいる。けれども、これだけいじめを繰り返したわけですから、明らかに犯罪行為だと思いますね。強要罪、暴行罪、器物破損罪が適用されてもおかしくありません」(同)
 結局、加害者の女性教員はどう“謝罪”すれば良かったのか。 
「“被害教員をいじめているとはまったく気づかず、本当に反省しています”と言ったくらいでは、世間は納得しないでしょう。これだけの酷いことをやったわけですから、公の場で“教員として失格です。教員を辞めます”くらいは言わないと駄目ですね。もっとも、本人は教員を辞める気はさらさらないでしょうが……」(同)

posted by satonaoki at 19:38| NEWS