2023年5月4日の「北海道新聞」に、「自粛警察の正体とは 世間が招いた差別、中傷 九州工業大名誉教授・佐藤直樹さん<私たちは、社会は、 コロナ禍の3年>」と題するインタビュー記事が掲載されました。聞き手は内山岳志記者です。
内容は以下の通りです。
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さとう・なおき 1951年仙台市生まれ。評論家。専門は世間学、刑事法学。99年「日本世間学会」設立に関わる。英エジンバラ大客員研究員、九州工業大教授を歴任。「なぜ、自粛警察は日本だけなのか 同調圧力と『世間』」(現代書館)など著書多数。72歳。
新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため、欧米では「命令」と「処罰」によるロックダウンという非常に強い手段をとりました。法のルールで対処し、マスク着用は義務で、外出は禁止。そうしなければ国民が言うことを聞かないからです。ですが日本は「自粛」と「要請」が中心でした。
<コロナ対応の特別措置法は2020年3月に成立し、首相が緊急事態宣言を出せば都道府県知事は住民に外出自粛や必要な協力を要請できる。その後の改正で、飲食店が時短営業の命令に応じない場合などに過料の行政罰が科された>
罰則はなかったものの、大半の人が常時マスクを着けました。感染防止の意識が強いことだけが理由ではなく、人の目が気になって、屋外でもマスクを外せなかった人が多い。日本には法のルール以前に「世間のルール」があるからです。
世間とは、日本人が集団になった時に生まれる力学や秩序のことです。自律した個人の集合体である「社会」とは違います。世間で生まれる同調圧力とは「他の皆がそうしているのだから、同じようにしろ」と同質性を求める空気感です。
<奈良時代の歌人山上憶良は万葉集で「世間(よのなか)」を詠み「つらいものだが逃げられない」と嘆いた。世間という言葉は千年以上前から存在している>
「空気を読め。他人に迷惑をかけるな」という世間のルールは、時に法のルールよりも強い力を発揮します。こういう危機の状況ですから、どの国でも同調圧力はあったと思います。しかし日本ではそれが異様なほど強かった。同質性を求める世間は、治安の良さにつながるなどのプラス面もありますが、相互監視につながる負の面もあります。
法律は明文化され、力の及ぶ範囲が限定されます。ですが世間のルールは明文化されていないため、拡大しやすい。日本では「皆、空気を読んで休業しているのに営業を続けることは迷惑だ」という世間の圧力の結果、自粛要請に従わない店を取り締まる「自粛警察」が生まれました。マスクをしない人を標的とした「マスク警察」も同様です。
誰もが感染しうる「当事者」として不安を駆り立てられ、同調圧力がかつてない規模で強まりました。特に感染拡大初期には感染者バッシングも目立ち「非常時に遊んだからだ」と非難対象になりました。感染者だけでなく家族、そして治療にあたる医療従事者やその子どもにまで「店に入るな」「幼稚園、学校に通わせるな」と忌避対象が広がりました。こうした世間の差別を止められなかったことを忘れてはなりません。
<特定業種へのバッシングは、20年春の全国のコロナ感染拡大第1波から目立った。不要不急の外出が制限される中、娯楽であるパチンコや昼カラ、夜の街を標的に交流サイト(SNS)などで急速に拡大した>
政治は同調圧力をうまく利用しました。国民に自粛を求めるだけで責任を回避しました。事実上国民の自由を制限するならば、法律に命令や罰則を明記し、結果責任を負うべきでした。責任を国民に転嫁し、マスク着用も「個人の判断」任せです。政府には、感染対策で世間に頼るひきょうなやり方はやめろと言いたい。
コロナ禍を契機に弱まった世間のルールもあります。「共通の時間意識」です。同じ場にいないこと自体が悪いことだと感じてしまう。先に退社するのをためらったり、出張や休暇から戻った際に「迷惑をかけた」と職場に土産を買ったりする意識です。この共通の時間意識がテレワークやオンライン会議の普及で薄まりました。その方が働きやすいと感じたなら、元に戻さず広げればいいのです。
このコロナ禍で、社会の息苦しさに気付いた人も多いのではないでしょうか。合理的根拠のない世間の「謎ルール」に閉塞(へいそく)感を感じるのなら、一人一人が意識的にルールを緩めていく必要があります。空気を読んでも、必要がなければ、あえて従わない。小さな勇気を持つことが大切ではないでしょうか。(聞き手・内山岳志)
2023年05月11日
「北海道新聞」(2023年5月4日)に「自粛警察の正体とは 世間が招いた差別、中傷」というインタビュー記事が掲載されました。
posted by satonaoki at 18:29| NEWS