2017年06月12日

片田珠美『「正義」がゆがめられる時代』の書評が「北海道新聞」(2017年6月11日)掲載されました。

 「北海道新聞」(2017年6月11日)「本の森」コーナーに、片田珠美さんの『「正義」がゆがめられる時代』(NHK出版新書)の書評を書きました。
 昨年、19人の障害者を殺害した「津久井やまゆり園事件」について、その社会的背景を考察したもので、「世間」論と重なる部分があり、たいへん興味深い内容の本でした。
 書評は以下で閲覧できます。
 http://dd.hokkaido-np.co.jp/cont/books/2-0114627.html?page=2017-06-11

 内容は以下の通りです。
 −
  
                                評 佐藤直樹(九州工業大名誉教授)
   「戦時」暗示する障害者大量殺人

 19人の障害者が殺害された昨年の「津久井やまゆり園」事件。この戦後最悪の大量殺人事件のもつ底知れぬ不気味さを、社会的背景から鮮やかに解析してみせたのが本書である。
 なぜ植松聖被告は、「障害者が安楽死できる世界を」という、ゆがんだ「正義」を振りかざすようになったのか?
 まず「怒り…ルサンチマン(怨恨《えんこん》)が渦巻く社会」。いまや誰もがイライラしており、ちょっとしたことで目くじらを立てるようになった。過剰な「被害者意識」をもち、それが「懲罰欲求」へと短絡する。その結果が、相次ぐ土下座の強要や、生活保護受給者や透析患者など社会的弱者へのバッシングの頻発である。事件の背後には、こうしたイヤな空気の広がりがあった。
 つぎに「コストパフォーマンス重視の社会」。特にグローバリズムが席巻し、社会的格差が拡大し始めた1990年代後半以降、日本では「役に立つか、立たないか」のコスパで物事を考えるようになった。この「コスパ至上主義への究極の復讐(ふくしゅう)」として、障害者のような「役に立たない」者の抹殺という「正義」の実践があったという。
 さらに「“普通”から脱落すると敗者復活が難しい社会」。事件直前に被告は、失職と措置入院を経験し、“普通”から脱落したと感じ徹底的に追いつめられていた。その背景には格差の固定化があった。もともと日本は、”普通”であることに異様にこだわる社会であり、私たちはそれに強迫されてきた。
 深刻なのは、近年「平等幻想」が崩壊し「世襲格差社会」が成立することで、社会のなかに、閉塞(へいそく)感や絶望感やルサンチマンが蔓延(まんえん)していることだ。
 じつは、戦前で最悪の大量殺人事件「津山三十人殺し」がおきたのは、すでに<戦時>といえる1938年であった。「やまゆり園」事件がもつ不気味さは、日本がいま<戦時>に突入していることを暗示しているのではないか。本書はその意味で、社会に対して鋭い警鐘を鳴らしているように私には思える。

posted by satonaoki at 19:50| NEWS