2018年12月07日

「北海道新聞」(2018年12月7日)に「加害者家族の支援」が掲載されました。

 「北海道新聞」(2018年12月7日)の「各自核論」のコーナーに「加害者家族の支援」が掲載されました。
 11月から全国に先駆けて、山形県弁護士会が相談窓口の設置など犯罪加害者家族の支援活動を開始した。これは画期的な出来事であるが、日本では加害者家族は徹底的に「世間」からバッシングされ、自殺にまで追い込まれることもある。ところが欧米ではそうしたバッシングはまずない。なぜそうしたことが日本でおきるのかを、世間学の立場から論じたものです。
 内容は以下の通りです。

      加害者家族の支援 再犯・自殺防止に一役
                                        
 11月から山形県弁護士会が全国に先駆けて、相談窓口の設置など犯罪加害者家族の支援活動を開始した。時代を画する歴史的な出来事といってよいのだが、じつは私も少し関わっている。これに先立つ2016年7月、山形市で開催された東北弁護士会連合会の定期大会で、加害者家族支援をテーマとしたシンポジウムにパネリストとして招かれ、支援の必要性を訴えた。大会では全国初となる、国に支援を要請する決議が採択された。
 この国では家族が犯罪をおかした時、たとえそれが成人だとしても、「世間」から「親が責任とれ」と非難されるのがふつうである。ましてや、その家族を支援することなど論外である、と考える向きがほとんどだろう。だとしたら、なぜいま加害者家族支援なのか?
 この問題がかなり深刻だと思うのは、加害者家族になった場合、メディアスクラム(集団的過熱取材)やネットリンチなど、「世間」からのひどいバッシングにさらされて、住居を転々とし、自殺にまで追い込まれることも稀ではないからだ。例えば、2008年におきた「秋葉原無差別殺傷事件」のK死刑囚の弟は、事件後失職。ネットでは個人情報がいつまでもさらされ、身元が割れる恐れから、職を転々とせざるを得なかった。さらに、交際には反対しなかった恋人の親から結婚に反対され、14年に自殺した。
 ところが驚くべきことに、欧米ではそうではない。例えば、2013年の「米ボストンマラソン爆弾テロ事件」では、実行犯とされた兄弟の母親が、ロシア南部ダゲスタン共和国の自宅で、英ITNテレビの単独インタビューに実名・顔出しで応じている。そのさいに彼女は、「私の息子たちの犯行ではない」と、兄弟の無実を主張したという。
 多数の死傷者を出した重大犯罪である。これが日本だったらどうなるか。とくに、家族のメディアへの実名・顔出しでの登場は絶対にありえない。「世間」への謝罪は当然のこととして、ネットで家族の住所・電話・職業などの個人情報がさらされ、自宅や職場に脅迫や非難の電話や手紙が殺到することになるだろう。
 欧米では、家族が社会に対して謝罪することはまずない。これが可能なのは、たとえ家族であっても「親は親、子は子」と別の人格と考えるからだ。つまり、家族が個人から構成されているために、犯罪に対しても個人責任という考えがはっきり貫かれる。こうした点で大方の合意があるので、家族は社会的非難から子どもを守ることができる。
 一方日本では、歴史的・伝統的な古い人間関係がいまも残る。子どもを守れないのは、戦後否定された伝統的な「家」制度が、その後も「いえ」意識として残り、家族構成員は「家」の一員にすぎず個人ではないので、「親が責任とれ」という非難に抵抗できないからだ。さらに犯罪は、欧米のようにたんに法に反する行為ではなく、共同体の秩序を毀損するケガレとみなされる。加害者だけでなく、犯罪に関係した土地や建物までがケガレ視されることがしばしばあり、家族もまたケガレとしてバッシングされることになる。
 私は加害者家族支援には、第一に、再犯を防止するという積極的意味があると考えている。加害者が立ち直るためには、受け入れる家族の協力が絶対に必要である。また第二には、自殺を防止するという意味もある。そもそも日本は、先進国中最悪レベルの自殺率を誇る自殺大国であり、家族の自殺を防止することは喫緊の課題である。
 いま日本全体でも、民間の支援組織はわずか二つしかない。こうした加害者家族への支援活動が、全国の弁護士会に広がってほしいと切に願う。

(著者紹介)さとうなおき 51年宮城県生まれ。現代評論家。専門は世間学、現代評論、刑事法学。「日本世間学会」幹事。著書に「目くじら社会の人間関係」「犯罪の世間学」など多数。

posted by satonaoki at 20:46| NEWS