2019年08月11日

「北海道新聞」(2019年8月4日)に河合雅司『未来の地図帳』の書評を書きました。

 「北海道新聞」(2019年8月4日)の「読書ナビ」欄に、河合雅司『未来の地図帳』(講談社現代新書)の書評を書きました。以下で期間限定でご覧になれます。
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/332077?rct=s_books
 内容は以下の通りです。

 人口減少のブキミさ提示

 評 佐藤直樹(九州工業大名誉教授)

 たしかに、最近のセブン―イレブンのフランチャイズ店の24時間営業を巡るごたごたが気になってはいた。だが正直いって、人手不足の根底にある日本の人口減少が、まさかこんなに深刻な状況だとは思ってもいなかった。本書は、2045年までに各自治体の人口減少がどれほど激烈に進むかという「不都合な真実」を、人口予測に基づき具体的数字を示して明らかにする。

 この人口減少の特徴は、「東京圏の人口膨張と、人口が大きく減りゆく地方の拡大という二極化」にある。地方から東京圏への人口流出が止まらず、地域間の人口差が極端に拡大する。たとえば現在は人口増加が続く札幌市。道内の市町村から若者を中心に人口が流入し、もともとの住民が進学や就職で東京圏などに流出する「ところてん式」になっている。しかし問題は、北海道全体としては1年間に3万人も人口が減るという、深刻な状況にあることだ。

 45年には15年比で、総人口が2067万人ほど減る。この時点で人口が最も多い都道府県は、1360万7千人の東京都。最も少ないのが44万9千人の鳥取県。人口差はじつに30倍を超える。これでは都道府県の枠組みが維持できない。ちなみに最も人口が少ない市は、813人の歌志内市。15年比で下落率はなんと77.3%減。この数字は奈良県川上村に続き全国2位の下落率で、今後自治体の存亡が問われる。

 人口減少対策ですぐに思い出すのは、外国人労働者の本格的受け入れという、安倍政権の「移民政策」だろう。だがこれは、「2019年の社会」の維持が前提の無理な手法であり、問題の根本解決にはつながらないと批判。人口減少に耐えられる国づくりへの転換こそが必要だという。

 最後に本書は、「拠点という『王国』を作る」ことや「東京圏を『特区』とする」など興味深い提言をしているが、まずは、末尾に40年時点での各市区町村の人口増減率の一覧表が載っているので、ぜひ自分が住む自治体を見てほしい。現下の人口減少のブキミさを実感していただけると思う。(講談社現代新書 929円)




posted by satonaoki at 16:13| NEWS

2019年07月07日

「サンキュ!」(2019年6月20日)に「「息苦しい子育て」の原因は、日本特有の「世間」にあった!?」 というインタビュー記事が掲載されました。

 2019年6月20日に「サンキュ!」というサイトに、「「息苦しい子育て」の原因は、日本特有の「世間」にあった!? 」と題して、私のインタビュー記事が掲載されました。
https://39mag.benesse.ne.jp/lifestyle/content/?id=39845&fbclid=IwAR1t5ADd-Jd444e0kxVAyoI6_vBpf-veQJbxBW-U3vgiUmaTWpDLMIk0qv4
 内容は以下の通りです。

   「息苦しい子育て」の原因は、日本特有の「世間」にあった!?

 子どもをどこかに預けて、ママだけで出かけるのは控えるべき(という周囲からの厳しい視線)。常に母であり続けなければいけない(というプレッシャー)。個人ではなく「○○ちゃんのママ」と呼びあう(ことを強いてくるママ友たち)。

……子育てをするなかで、さまざまな息苦しさを感じているママたち。その原因の大半は「世間」の仕業であり、世界中探してもほぼ日本にしかない、と提唱するかたがいます。現代評論家・九州工業大学名誉教授の佐藤直樹氏です。今回は同氏が考える「世間学」を通じて、子育てにおけるママたちの息苦しさを解消する方法を探ってみます。

(取材/みらいハウス 野際里枝、文/みらいハウス 片岡綾)

教えてくれたのは…佐藤直樹 氏
1951年、宮城県生まれ。現代評論家・九州工業大学名誉教授。専門は刑事法学、現代評論、世間学。1984年九州大学大学院博士後期課程単位取得退学。1991年英国エディンバラ大学客員研究員。「日本世間学会」幹事。著書に『犯罪の世間学−なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか』(青弓社)、『目くじら社会の人間関係』(講談社+α新書)などがある。

【関連サイト】佐藤直樹・公式サイト

  日本特有の「世間」を考える「世間学」

――先生が提唱される「世間学」とは、どういったきっかけから始まったものなのでしょうか?

「世間」とはある種の人的関係のありかたを指す言葉ですが、日本特有の概念といってもいいでしょう。いちばんわかりやすいのは、2011年に起きた東日本大震災のときの事例です。海外のメディアでは、被災地で略奪も暴動も起こらなかったことが、驚きをもって報じられました。震災などの非常時では法のルールは吹っ飛びますが、日本には「世間」のなかに非常に細かいルールがあって、日本人はそれに従って行動するため、大規模な略奪や暴動が起きなかったと考えられます。

「世間」を理解するうえで、もうひとつわかりやすい例をあげれば、日本人は裁判を嫌うということ。アメリカは訴訟社会ですが、日本は「世間」のルールで解決することを第一に考えるのです。「裁判になると世間体が悪い」といいますが、紛争を「世間」の外側に持ち出すことになるからなのです。

私は刑事法学を学ぶなかで、家族間で起きる不幸な事件の数々も原因をさかのぼれば、この「世間」にたどり着くと気づき、1999年に歴史学者の阿部謹也さん(故人)たちと「日本世間学会」というプロジェクトを立ち上げて、「世間」のありかたを探求する世間学の研究を始めました。

 ママたちを苦しめる「世間」のルール

 −そんな日本特有ともいえる「世間」には、具体的にどのようなルールがあるのでしょうか?

日本の「世間」には、大きく分けて4つのルールがあります。1つめは、「贈与、互酬」のルールです。お中元、お歳暮、ほか日々の暮らしのさまざまな場面で頂き物をしたら、必ず「お返し」をする、ということです。2つめは、「身分制」のルール。年上・年下、先輩・後輩、格上・格下など常に上下の序列にとらわれています。

3つめは、「共通の時間意識」のルールです。みんなで同じ時間を共有しているから、私とあなたも同じであるべきという意識で、そのなかで異質なもの、出る杭は打たれます。いま小学校の運動会では、同じくらいのレベルの足の速さの子どもを集めて徒競走させるなど、差が開きすぎないように工夫することもあるそうです。そして最後の4つめは、「呪術性」のルール。俗信や迷信の類がきわめて多く、それに縛られている日本人は多く存在します。

――「世間」のルール、たしかに4つとも心当たりがあります。

2つめの「身分制」は、とくにママたちとの関係が深いかもしれません。インドの古い階級制度にカーストというものがありますが、現代日本のママたちの間にも、ある種の階級制度はありますよね。いわゆる、「ママカースト」というものです。夫がどういう仕事をしているのか、住まいは賃貸か持ち家か、一戸建てかマンションか、タワーマンションに住んでいたら高層階か低層階か……など、ママ友との間で常に格上・格下という階級を気にしながらではないと生きていけない人は一定数います。

――ママカースト、たしかにありますね……ちなみに、そういった考えはいつごろ生まれたのでしょうか?

1970年代ぐらいまでは、中間層の比率が高かったので、他人を現在ほどは気にしなくてすんだのです。ところが、現代社会は中間層が減り、家庭ごとの経済状況の差があからさまになり、いわゆる「格差社会」となりました。この現代の格差社会と「世間」が組み合わさって、ママカーストを生み出していると考えます。

 「我が子はかわいい」という母性愛神話と同調圧力

−−母性愛にも「世間」が深く関係していると聞きました。

「自分の産んだ子どもは、かわいいと思わなければいけない」という母性愛は、私にいわせれば思い込みでありナンセンスです。子どもは親とはまったくの別人格ですから、相性のよし悪しがあって当然。「我が子をかわいいと思えない自分が悪い」と母親が自分自身を追い詰めていくケースがありますが、それも「世間」の同調圧力といえます。

そもそも、母性愛が喧伝されるようになったのは、19世紀初めぐらいのこと。ヨーロッパで産業化が進み、「母親は家にいて子どもを育てる、父親は外で働く」という性別役割分業をおし進める必要があったためです。そのために母性愛が強調され、「乳幼児期は母親が育児に専念したほうが子どもの成長によい」となったのです。

日本では1960年代に、J・ボウルビィの『母性剥奪』理論にもとづく「3歳児神話」によって、「母性愛」の重要性が強化されました。3歳までは母親が側にいて世話をしないと、子どもが問題行動などを起こすという考えなどです。これが広まったことで、「子どもがグレたのは、母親の愛情がたりなかったせいだ」と非難する「世間」が生まれたわけです。ただし彼の書物をよく読むと、3歳まで育てる存在を母親と限定しているわけではない。愛情をもって接してくれる人ならば誰でもよいのです。

フランスの社会学者であるエリザベート・バダンテールも、『プラス・ラブ―母性本能という神話の終焉』(サンリオ)という本のなかで、「母性愛」は本能などではなく、母子のふれあいの中で育まれる、としています。彼女は、18世紀までのフランスでは、母親は子どもを産むと自分で育てずに、ただちに里親に出す慣行があった、といっています。つまり、母性愛は女性が先天的にもつ本能とはいえない、というわけです。

 「世間」に潰されないのは「出過ぎた杭」

――いま思えば不思議なのですが、私も「子どもを産んだら、自然と母になれる」と無意識に思っていました。しかし実際のところ、子育ては本能ではなく実践の中で学んでいくものだと徐々にわかってきています。

「子どもを産んだら、自然と母になれる」という考え方は、親と子の一体化を招き、個人として認めあえなくなる事態にもなります。その結果、親が子どもを所有物化してしまい、虐待が生まれ、経済的、精神的に究極まで追い詰められた場合に、心中という道を選んでしまうこともある。また日本では、成人した子どもが犯罪を起こした場合に、「世間」は親の責任だとバッシングをします。欧米では同じようなことがあると、親に対して激励の手紙が届いたという実例もあり、とらえかたがまったく違いますよね。

――「世間」からの同調圧力に苦しむ母親は多くいると思います。その苦しみから解放されるためには、どうすればいいのでしょうか?

防御策は、まず「無視」すること。さらに、「世間」の同調圧力に対しては、「水を差して冷ます」ことです。

「世間」は“みんな同じである”ことを強いる概念です。そして世間を構成する“みんな”は「世間体」と言い換えることもできるでしょう。この世間体に取り込まれてしまうと、理不尽だったり、苦しい思いをしたりすることになるのです。だから、“みんな”から脱却して、「世間」に対して“個人”であることを示さなければ、いつまで経っても息苦しさは解決しません。

みんなといっしょでない自分が悪いのではなく、それを強いてくる周りがおかしいのだと、受け止め方を変えるのです。さきほど「世間」を構成する4つのルールのなかで「出る杭は打たれる」と説明しましたが、じつは「出過ぎた杭」は打たれないのです。「世間」に振り回されず、「個人」として生きる努力をしてください。

【取材・文】
みらいハウス 野際里枝
東京・足立区にある育児期の女性支援拠点「みらいハウス」のライティングメンバー。育児にまつわるさまざまな取り組みをしている人や、地域をつなぐ人にスポットをあてて紹介していきます。2児の母。

みらいハウス 片岡綾
東京・足立区にある育児期の女性支援拠点「みらいハウス」のライティングメンバー。「食べるために生きる」をモットーとし、食関連の執筆を中心に、女性のエンパワメント活動などに取り組んでいます。1児の母。


posted by satonaoki at 13:24| NEWS

「デイリー新潮」(2019年6月11日)のサイトに「土下座」についてのコメントが掲載されました。

 2019年6月11日「デイリー新潮」のサイトに「田口淳之介の土下座」について、私のコメントが掲載されました。
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/06110701/?all=1&page=1

内容は以下の通りです。

  田口淳之介“20秒の土下座”は賛否両論、謝罪の専門家は「効果あり」と指摘

 6月7日、東京・湾岸警察署の前で行われた“土下座”の映像に世間は賛否両論である。思わず失笑した、パフォーマンスじゃないか、と言う人もいれば、留飲を下げた人もいたかもしれない。

 大麻取締法違反(所持)の罪で起訴されていた、元KAT―TUNメンバーの田口淳之介被告(33)が保釈された。警察署から出てきた黒いスーツ姿の田口被告は、集まった報道陣に向かって大きな声で、「このたびは私が起こしました事件で、みなさまにご心配をおかけし、誠に申し訳ございません」と謝罪。「金輪際、大麻などの違法薬物、そして、犯罪に手を染めないことをここに誓います」と反省の弁を述べたあと、「本当に申し訳ありませんでした」と言いながら地面に頭をつけて土下座をしたのである。時間にして20秒の出来事だった。

 過去、芸能人では、浮気が発覚した芸人・おばたのお兄さんが2017年にライブで土下座。淫行事件を起こしたお笑いコンビ・極楽とんぼの山本圭壱が16年にバラエティ番組で土下座したことがあった。

 脳科学者の茂木健一郎氏は8日のブログで、

「ドラッグに手を出したり、依存症になられてしまう方は、日常でストレスを感じたり、心のバランスを崩すことがきっかけになることも多いわけで、そのようなことを起こりにくくするためには心の平穏を保つことが大切で、土下座はそのような平穏に反すると思う」

 と、否定的な見解を示した。ところが、

「田口被告は、台本を読むように謝罪を述べていましたが、あの土下座で、彼を許す人も多いと思いますよ。あとはうやむやになって、事件のことは少しずつ忘れられていくでしょう」

 と語るのは、日本人の謝罪を研究している九州工業大学の佐藤直樹名誉教授だ。同教授の専門は、刑事法学、世間学、現代評論だが、11年に『なぜ日本人はとりあえず謝るのか―「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書)を出版。略奪や暴動を起こさない、その感性を作り出す独特の秩序である「世間」を研究し、新聞、雑誌、テレビなどで評論活動を続けている。

「田口被告の土下座は違和感があるとの意見も少なくないが、日本の場合は、法律上違法行為が確定する前に謝罪するのが慣習となっています。ああいう事件を起こすと、彼に対する悪感情が生まれてしまうが、それを消してしまうのが土下座なんですよ。土下座するのを見て、世間の留飲が下がるわけです」(同)

 この20年近くで、企業が不祥事を起こすと“土下座”するケースが目立つようになってきたという。

「96年、薬害エイズでミドリ十字の幹部が土下座をしましたが、このあたりから、土下座を派手にやるようになってきました。一般の人たちがストレスのはけ口を求めている。何か不祥事を起こすと、土下座をしないと許されない。とにかく自己責任が求められ、世間からの締め付け、抑圧感が強くなってきているのです」(同)

 11年の東日本大震災で原発事故を起こした東京電力の幹部が土下座をしているし、12年には火事で7人が死亡した広島県福山市のホテルの幹部も土下座した。

 13年に放映されたドラマ「半沢直樹」(TBS)では、視聴率を大きく伸ばした一因は土下座のシーンだった。第7回では、上司に土下座させられる場面では最高視聴率34・5%を記録。最終回の土下座シーンでは46・2%もの視聴率を獲得している。

 そういえば、15年に鳩山由紀夫元総理が韓国の植民地刑務所跡地で土下座をしたこともあった。

「なんでも土下座で解決してしまう学校の先生が主人公の漫画『どげせん』なんてのもありました。けれども、私は基本的に、土下座は人間の尊厳性に反する行為ですのでやるべきではないし、やらせるべきでもないと思っています。土下座を強要すれば、刑法で強要罪に該当します。13年に、札幌市のしまむら苗穂店で、主婦が店員に土下座を強要し、その写真をネットに流したため逮捕されました。14年には、大阪のコンビニで客が店長に土下座と物品を強要して逮捕されています」(同)

 なのに、なぜ土下座はなくならないのか。

  謝罪の“最終兵器”

「もともと、土下座は貴人を敬う意味合いが強かった。江戸時代の大名行列で庶民が大名にひれ伏したわけですが、それが戦後になると様変わりしてきた。土下座は、謝罪の“最終兵器”になってしまったのです。土下座されると、まあ、お手を上げてくださいという気持ちになって、相手の謝罪を受け入れてしまいます。土下座にはそういう力があるのです。土下座することは、世間への謝罪だけではなくて、神様に対して謝る、祈りにもなっている。神様がそこにいるような、抗えない呪術力のようなものがあるんです。だから世間は受け入れざるを得なくなるのです」(同)

 田口の土下座について、嫌悪感を持つ人も最終的には受け入れるというのだ。日本の謝罪文化は、特殊なものがあるという。

「03年にハンセン病患者の療養施設・菊池恵楓園の人たちが、熊本のホテルから宿泊を拒否される事件がありました。ホテル側は、菊池恵楓園を訪れて謝罪したのですが、菊池恵楓園はこれを拒否した。すると、菊池恵楓園に対して大バッシングが起きました。なぜ謝罪を受けないのかという抗議の電話、手紙が殺到したそうです。謝罪は、時として当事者だけの問題ではなくなります。世間も巻き込んでしまう。その謝罪の“最終兵器”が土下座なんです。土下座をすれば世間が認めてくれるので、簡単に土下座に走ってしまうわけですね」(同)

 田口の心中や如何に。

週刊新潮WEB取材班







posted by satonaoki at 13:08| NEWS